犬の旅

 

のらの犬がいた。 

犬はなでられると、こわかった。 
棒を握った手をみると逃げながらほっとした。 

石を投げつける手とパンをくれる手。 
犬には区別がつかなかった。 

だから犬はいつもこわい夢をみた。 
こわくて目が覚めると月にほえた。 
どこかで自分と同じような声が 
聞こえる夜も。聞こえない夜も、あった。  

犬は旅にでた。 

その町には食べ物がなかった。 
肉屋がてんで商売にならないような町で 
男たちは棒や石で犬を追い回した。 

犬は旅をした。 

その町にはサーカス小屋がなかった。 
サーカスがてんで商売にならないような町で 
ただの犬には誰も見向きもしなかった。 

犬は旅をした。 

その町には犬がいなかった。 
めずらしい猫と勘違いされて犬はちやほやされた。  
でも、ぼくは猫じゃない。 

犬は旅をした。

その町には警察がないようなものだった。 
警察がいちばんの大泥棒みたいな町で 
犬は番をして餌をもらった。夜も眠れなかった。 

犬は旅をした。 

その町には子供がいなかった。 
だから野球場もボールもなかった。 
草むらでボールを追いかけたりできないなんて。 

犬は旅をした。 
犬は旅をした。 
犬は旅をした。  

その町には花屋がなかった。 
花屋がてんで商売にならないような町で 
女たちはかわいい野の花を摘んだ。 

犬が姿を隠していると 
ラベンダーの花がゆれて鼻先をくすぐった。 
長い旅に疲れていた犬はいつしか眠っていた。 
大丈夫、もうこわい夢はみない。 

 

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